ハチナナハチハチ

サンジューがきみにやってくる。世代(87、88)きっかけウェブマガジン。あたりまえを、おもしろおかしく

寝起きの布団の中、通勤時の電車の中、休憩中のトイレの便座上、夕食をほおばる食卓の上、気が付けば「Twitter」や「Facebook」をスマホで開いてしまう。ぼくだけでなく、似たような人多いんじゃないかな。

SNS --正式には「Social Networkking Service」と言うみたい。TwitterもFacebookもSNSのひとつだ。やっていない人もいるけど、同世代からおじさん世代まで、SNSユーザーが昔に比べれば増えてきた。もう少し伸びるんじゃないだろうか。田舎までの浸透率はまだ低いように見えるから。

少し話が逸れそうになったけど、ぼくには好きなSNSがある。それはTwitterでもFacebookでもなければ、「Instagram」でもないし、「Google+」でもない。ずばり「Path」だ。

SNSには、ユーザー数も多くて拡散率も高い“広い”SNSがあれば、広がりをみせずこっそりヒソヒソとできる“狭い”SNSもある。Pathは狭いほうに当たる。この狭くて“閉じている”感覚がとても気持ちよく、使い勝手もいい。

どんなことでも吐き捨てられる場所がひとつあるだけで、とっても楽になる。この感覚がPathにはある。ぼくはPathを使い始めていつの間にか2年を越えていた。

Facebookと同じように「友達」というシステムはあるが、Pathでのぼくの友達はたった6人。そして、その中でアクティブユーザーである友達は2人。ちなみに、Faebookでは690人いる。という意味では、SNS特有の承認欲求もいっさい無ければ、ただただそっと投稿を続けるだけの場所になっている。主にテキストと写真を投稿している。

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毎日何をしていようと、一日を終えるまでには誰でも何かしら強く思うことはあるだろう。明るいことならTwitterやFacebookにここぞとアップするだろう。けど、暗いこと、どうでもいいこと、はなかなか溜めたままになりやすい。感情的に膨れ上がったものがが発散する場所って必要だと思う。

少し表現は汚らしいけど、そういうのって「うんち」に近いのかな。汚いのは分ってる、不快にさせるのは分ってるんだけど、お腹からちゃんと下さないと体にとって悪くなる。生理的に捉えても、不健康だ。必ずしも“汚いもの”を投稿するわけではないけど、投稿することで発散できて、スッキリできる場所だから、ぼくはPathを好きで好きでしかたない。ぼくは根暗だ。

結局、ここまでで何が言いたいかというと「Pathはめちゃくちゃいいよ、使ったほうがいいよ」という訳ではなく、「SNSも棲み分けができるよね」ということ。

本来一番良いのは、気の置けない知人を飲みにでも誘って、だらだらと楽しくふざけながら愚痴をこぼせるのがいい。リアルに対面するのが一番だ。だけど、どんなに仲が良い人でもすれ違いながらの生活だったりする。いつも一緒にいれるわけじゃない。

そういう時にでも、一人ぼそっとつぶやける場所をPathが提供してるんじゃないだろうか。ぼくは、Pathで友達としてつながっている人は少ない。けど、ここでの友達はとても信頼のおける人だ(実際の関係性は社会人になってからの先輩たち)。いいねや何かコメントをもらいたいという承認欲求でなはく、「あの人がどっかで見てくれてるかもしれない」という安堵が投稿によって生まれる。あとは、とりあえずの近況報告できる感覚もいい。

長くなったけど、ぼくはPathはこれからもずっと使い続けると思う。「自分が好きな場所でくらす、はたらく」と同じような感覚で、「自分が好きな場所で表現する」ということは許されているから。少し今いる場所で息苦しいようなら、そこを抜け出さなくても、もうひとつの場所を見つければいいんじゃないか。ぼくの場合、たまたまSNSで言えばPathだっただけ。

リアルでもネットのどちらであっても、自分がゆるやかに、気持ちよく、のびのびといられる場所がみつかるといいすよね。

Path stressfree

ちなみに、Pathについては江里も約1年半前に書いてます。
プライバシーを保ちたいならFacebookからPathへの移行が吉? 


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