ハチナナハチハチ

サンジューがきみにやってくる。世代(87、88)きっかけウェブマガジン。あたりまえを、おもしろおかしく


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週報でございます。いつものブログ更新とはまったく違って、なにを書くかなんて考えずに、ただただキーボードを叩きまくるというのが「週報」。

そのとき、1週間を振り返ってみて、自分がなにをやって、なにを感じて、どこに向かおうとしているのか、を確認する、言わば、Googleマップで自分の現在地を確認するような作業を行っているだけです。

丁寧に書くわけでもないので、他の言い方をすれば、きれいに磨くこともなく、ただ自分のまとまりのない、だらしのない言葉を一生懸命ならべるその姿は不格好でしかないのかもしれません。着飾ることのない、真っ裸みたいな。

ただ、ある友人が「整っていない言葉のほうが、うつくしい」と言っていたが、整えようとして書いたものよりも、そうではない感情任せの文章のほうが後から読み返したときに意外と自分でもグッとくる、みたいなことはありそう。

だから、思うがままに書く、ということを週報ではやっていきます。これもひとつの実験としてですけどね。

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尼崎の気になっていた「amare」にも行ってきました。

さて、 ここの1週間はバタバタしておりました。理由はここに記していますが、鳥取・大山町を出発したあとは、京都に4泊、尼崎に1泊、そして帰沖という、移動とイベントの連続。今回は、意識的に、イベントを組んでもらって、 お話をする場を何度かつくってもらえました。まずは、場に関わってくださった方々に感謝をお伝えしたいです。ありがとうございます。

「商店街」「移住」「水上家」というキーワードで、アプトプットする機会をもらって、これまでの活動や、それに伴うインプットしてきた情報を、いかにして他者に共有するかということを考える時間はとても貴重でした。

ある種、自分という人間がもつ資源を棚卸しするような、そんな気持ちでいっぱいで、「自分が他人にどんな影響を与えられるのか?」あるいは「自分がなにができて、なにができないのか?」という問いと向きあわざる得ない状況が自然とできていました。そこにおける葛藤が毎回のイベントであって、その度にクリアになることもあれば、新たに疑問が生じることがあって、発見ばかりでした。お口あんぐり状態が続いたわけです。

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上毛町&地域との付き合い方(地域の黄金比)を考えるイベントにて。タカハシさんの格言(笑) 
 
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同じく「上毛町(略)」のイベントにて。Think Thankも、まっくすさんのつくる場の雰囲気もとても居心地よかったです。

4月から地域比重(沖縄:東京)を変え、新たな動き方をしようと思っているのがあって、それまでには自分のこれまでを“他人に伝えることを意識して”整理しておくことはしたかったので、本当によかったです。これで、次に進んでいける気がします。

あとは、単純に、水上家においては、たいてい自分が場の主催者として関わることが多いのだけど、逆に呼んでもらう側としての場の関わり方はやっぱり違うのだなぁ、と思いました。

場の主催者というのは、わりとメディアにおける編集者的な立ち位置かもしれないけど、ゲストはライターのようなかんじで出しゃばることなく、ある程度、そのメディア(場)の雰囲気に則ることを考えられるといい。そんな感じがしました。臨機応変なポジショニングって大事ですね(むずかしい)。

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水上家イベントでは、黒板とWebでの記録係を担当してみました。ファシグラできる人ってほんとすごい。 

あ、そういえば、「商店街ナイト」という場に参加したときに話したことでもあるんですが、地域で情報発信するときには、「だれに情報を届けるのか」の意識がより重要になってくるとぼくは思ってます。商店街に、一時的な観光客にきてもらえればいいのか、それとも商店街で一緒になって動いてくれるような人にきてもらいたいのかで、当然ですけど、発信の仕方は変わってきますよね。

そのため、「街に来る」でなく「街で動く」人にきてほしい場合、「街にどんなものがあるのか」という事実情報だけでは弱いんです。 そこにあるものが「どうやって、どのような想いで、つくられているのか」というストーリーが重要になってきます。

「もし自分がその街で動くなら?」と考えたとき、知りたいのは、物事の“表面”ではなくて、“裏側”ですよね。だから、その裏側を「取組み」だけでなく、「人」「歴史」などのストーリーも加えられたほうがいいと思います。

そして、人と場、人と人をつなげるような“コーディネーター的ライティング”ができるといいです。人の動きにつながる情報発信をするのがメディアであるとしたとき、自分がその場において、読者と紹介する人(街)とどのようにつなげられるのかを考えながら、記事を書いていく。実際に書けているかは別にしても、その意識の有無は大きいはずです。

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商店街ナイトにて。タナカユウヤ氏がちょっとだけチャラく見える、の図

PV指標になっているメディアだと、そういう部分への意識が弱くなりがちなので、気を付けたいところですよね。地域や、街における価値は、“とりあえずの一人”ではなく、“意味のある一人”を引き寄せたいわけですから。てなわけで、ターゲットの意識は無視できませんよね。

ぼくが好きな、というか、勝手に勉強させてもらっているライターの古賀さんが、バトンズで次のようなことを書いています。
batons
ライターには、おおきくふたつの役割があります。
ひとつは「録音機」としての役割、そしてもうひとつが「拡声器」としての役割です。
ことばとは、口にした途端に消えてなくなる、一陣の風のようなものです。そこでわれわれライターが、語り手のことばを紙の上に「録音」し、ノイズを除去しながら文章にしていく。これが録音機としての役割になります。
さらに、録音したことばを編集のアンプに通し、読みやすく、わかりやすく、そしておもしろいものへと再構築していく。よりたくさんの読者に届けるために、音圧を「増幅」していく。こちらは拡声器としての役割になります。
 ここでは、「ライター」という役割の話をしてるんですが、ぼくはこれが「メディア」にも置き換えられると捉えています。記事にするということが、「記録(録音機)」なのか、「広報(拡声器) 」なのかは、押さえておきたいことです。

例えば、地域にいるおじいちゃんたちの昔の暮らしをアーカイブ化したいだけなら、「記録」でいいですけど、それを広く伝えるには、それなりに視点を変えて、狙っている読者の好みに合わせて、「広報」するような意識が大事になってきますよね。まあ、可能なかぎり、両方備わっているほうがいいんでしょうけど。
 
そして、この二つに加えて、ぼくは「超音波」を放てることがメディアの役割ではないかと考えています。それは、超音波を活かして、コウモリが暗闇でも壁などの障害物にぶつからないように、イルカが仲間と交信し合うように、避けるものを避け、引き寄せたいものを引き寄せるような、フィルタリングとエンゲージメントのある情報発信が必要ということです。

さきほど触れた、「商店街で一緒に動く人」を引き寄せたいのであれば、メディアがそのような超音波を発していなければいけない。そのため、メディアが備えたいのは、「録音機」「拡声器」そして「超音波」ではないかと思います。

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「ローカルナイト沖縄」にて、タナカユウヤ氏が描いた沖縄の地図 。スモール・ジャパン。いや、これ意外とみんな描けないもんです。
 
商店街ナイトに関しては、ちょっとした議事録がここに記されているのでよければご覧ください。 ということで、今週は移動ばかりで、いろいろと焦ることも多々ありましたが、自分のなかで整理することも、気付きも、新しく出会えた人も多く、実りがありました。ありがとうございます。

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帰沖後すぐに買ってのんだルートビアのうまさときたら、もう。

週のさいごのさいごに、「METAFIVE」の「Don't Move」 という曲にも出会えて、なんかよかったです。ということで、また新しい1週間がはじまります。 “止まることなく”、駆け抜けます。

 
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